グローバル株式:企業債務の増大と利益率への懸念

ポール・ボイン | リード・ポートフォリオ・マネージャー

グローバル株式運用チーム

はじめに

経済が活況を呈していた2000年代初め、米国では住宅価格が大幅に上昇し、何百万人もの住宅所有者がローンを借り換え、膨張した不動産の市場評価額を基にした借入額は全体で3,000億米ドルを上回りました。多額の現金を手にした消費者は積極的に消費し、すでに力強い拡大基調にあった経済成長に拍車がかかりました。好況は2007年の世界金融危機の発生とともに終焉を迎え、消費者はそれ以降10年に亘り、債務削減による家計の立て直しに努めました。世界金融危機発生から10年経った今、再び同じシナリオが繰り返されようとしています。ただし、今回、借入を行っているのは消費者ではなく、企業です。

世界金融危機後の低金利に支えられ、この10年間、企業の借入ブームが続きました。現在、企業債務は過去最高水準に達しています。これはかつても経験したことですが、今回懸念されているのは営業利益が過去最高水準に達し、企業業績はピークに近づいているか、すでにピークアウトしようとしている点です。現在は、多額の債務を抱えた企業の利益率が低下していく市場局面に入りつつあるのかもしれません。かつ、地政学的・マクロ経済的要因も不透明感が増しています。

弊社の考えるところ、世界経済の成長が鈍化した場合、多くの企業は景気の落ち込みを乗り切るのに苦労すると思われます。企業がこの10年間にどのような財務的リスクを負い、経済成長の鈍化と金利上昇が企業にどのような影響を及ぼすかを理解することは、投資家にとって景気減速の中でも堅調さを保つ企業を見極める1つの有効な手段です。弊社は、企業債務に関する潜在的リスクを明らかにし、投資家が正しい視点から投資環境を判断できるようサポートしたいと考えています。

債務の積み上がりと利益率

経済の停滞、売上の伸びの鈍化、貿易の減速、異例の低金利。こうした要因を背景として、企業は1株当たり利益(EPS)の伸びを加速する簡単な方法は競合他社の買収、自社株買い、あるいは増配を進めることだと考えるに至ったと思われます。一般的にこうした活動は企業の意欲的な姿勢や成長を象徴するもので、通常は投資家に好感されます。

確かに自社株買いや高い配当性向は一時的にEPSや株価押し上げに寄与し、それらは売上高や利益成長ペースを上回って実施されることもしばしばありました。同様に、投資家が企業業績の評価指標として利益率を重視していることも、企業に利益率向上に注力する動機を与えてきました。残念なのはこうした活動を行うことによって、将来への投資が犠牲にされることが多い点です。

金利は異例の低水準から上昇へと転じ、米連邦準備制度理事会(FRB)は10年に及んだ量的金融緩和の巻き戻しを継続しており、信用環境はタイトニングしつつあります。ある意味で世界は未知の領域に入りつつあり、世界経済成長の妨げとなりかねない外生要因が多数あることを考えると、10年前に経験した状況とは異なる展開となる可能性もあります。

弊社の考えでは、多額の債務を抱え、効率的な資本配分を実施することが困難な企業は債務返済にあたって苦境に立たされ、結果的に様々なマイナスの影響が生じる恐れがあります。社債の格付け引き下げから始まり、債務返済コストが上昇して利益率が低下、減配を余儀なくされ、成長が鈍化し、最悪の場合増資するか債務超過に陥るという悪循環がまさに始まろうとしている可能性があると思われます。これらはすべて株価を下落させる要因となります。これが足元の環境において最も懸念されるリスクの1つです。

利益率の上昇

収益が拡大し費用が減少すると利益率は上昇します。過去8年間に及ぶ強気相場、技術革新、製造コストの低減、グローバル化といった様々な要因の結果として、足元のEBITマージンは過去20年で最高の水準に達しています1。通常、利益率がすでに高水準にある場合、企業がそれをさらに向上させることは難しくなります。特に政治、経済、貿易をめぐる不透明感が強い環境では利益率は容易には上昇しません。また、多くの企業は競争力を維持するために必要な投資を行ってこなかったことから、利益率の大幅な上昇は考えにくいと思われます。

債務の山:積み上がった負債

社債発行額はこの10年間に急増しました。世界金融危機後の低金利環境下で、企業は安価に事業資金を調達する手段として債券市場を利用しました。グローバル企業のうち非金融セクターの社債発行残高は2018年6月に過去最高の75兆米ドルに達し、2008年から3割以上増加しました2

発行額が最も多いのは米国です。米国では2009年以降、1年間の社債発行総額(金融セクターおよび非金融セクター、投資適格社債とハイイールド社債の合計)が1兆米ドルを超え、2017年には過去最高の約1兆7,000億ドルに達しました3

気がかりなのは、社債発行額のうち、投資適格の中で最も低い格付のBBB格債がかなりの割合を占めている点です。BBB格債の発行残高は2007年以降、5倍に増加しています。非金融セクターの社債発行残高(エマージング市場を除く)に占めるBBB格債の割合は、2011年の49%から2018年下期には60%近くまで上昇しています。市場が崩壊寸前とする見方は少ないものの、社債の格下げは増加傾向にあると見られます。2018年10月現在、投資適格社債のうち、格下げとなった債券の数は引き上げとなった債券の数を2:1の割合で上回り、投資適格の発行体の格下げ数は4年連続で格上げ数を上回りました4。投資家はこれらの指標に注目すべきであると思われます。

最も懸念される点の1つは、企業の負債水準を判断する指標である有利子負債/EBITDA倍率が過去最高水準にとどまっていることです。ここ数ヶ月間にこの倍率はやや低下しましたが、企業の返済能力は依然として低いと弊社は見ています。これは、企業が景気減速局面に入る前に財務基盤の立て直しを急いでいる兆候と思われます。

デッド・ファイナンス(借入)による企業買収

期待したシナジー効果 が得られないケース5

ケース・スタディ1: アンハイザー・ブッシュ・インベブ社

世界最大のビール醸造会社であるアンハイザー・ブッシュ・インベブ社は2018年10月に配当を半分に減額することを発表しました6。減配を決定するに至った少なくとも1つの要因は、巨額の債務負担であると見られます。2018 年6月30日時点の有利子負債はEBITDAの6倍で、一般的に投資家が懸念し始めるとされる水準の2倍に達しています。同社は配当金を利益で十分に賄うことができますが、2016年のSABミラー社買収のための借入が大半を占める債務についてはあまり改善が進んでいません。営業活動によるネットキャッシュフローがわずか64億米ドルであるのに対し、資本的支出は44億米ドル、配当金は27億米ドルであるため7、おそらく債務返済に充当する資金はほとんど残りません。格付機関のムーディーズも同様の判断を下し、2018年12月に同社の格付けを引き下げたことから、他の格付機関も引き下げに動くのではないかという懸念が広がりました8。格下げは、同社に財務再建計画の実施を促すことになると思われ、今後7年間に満期を迎える債務の繰り上げ返済の実現に繋がると見ています9

ケース・スタディ2: ニューウェル・ブランズ社

大手消費財メーカーのニューウェル・ラバーメイド社は、2015年に数十億ドルに上るジャーデン・コーポレーションの買収契約を締結したことで、継続的に企業買収を行う企業としての評価が確立しました。この多額の買収資金は社債発行により調達されました。買収のニュースは投資家に不評で、ニューウェル・ブランズという新社名での株式取引が始まると、株価は20%近く下落しました。買収から3年しか経っていないため、期待されるシナジー効果の実現はまだ先になると見るのが妥当ですが、同社の営業利益率はこの2年間に大幅に低下しました。投資家は再び反応し、同社の株価は2017年半ばから2018年末までの間に60%以上の下落を示しました10。同社の有利子負債はおよそ80億米ドルに上り、有利子負債/EBITDA倍率は6倍弱と高水準です11。同社は昨年1月に非中核事業の分離を目標とする抜本的な再建計画を発表しましたが12、債務負担のコントロールを重視していることは間違いありません。同社が投資適格の下限である現在のBBB格付けを維持(または改善)できるかどうかは、再建計画をどの程度進展させるかに大きく左右されると思われます。

市場への影響

10年間に及ぶ社債ブームは非常に厳しい結果を招く可能性があります。向こう2〜3年に数兆米ドルの債務が返済期限を迎え、金利が上昇すると、利払いも増加します。企業がより高い金利での借り換えを選択した場合、生産的な投資に回すべき資金が返済に向けられ、最終的に企業の成長を妨げ、利益率を低下させることになりかねず13、株価にマイナスの影響を与える恐れがあります。

特に米国においてはBBB格社債が増加し、米国投資適格債指数の半分以上の割合を占めています。このことは様々なリスクをもたらします。景気減速に伴って財務状況が悪化し、BBB格債の発行体の信用格付けが引き下げられることも珍しくはありません。企業側から見ると、格下げは借入コストの上昇を意味し、すでに厳しい状況の中でさらに苦境に立たされることになります。また、ハイイールド社債の保有が認められていない機関投資家等から強制的な売却が生じる恐れもあります。しかし、より深刻な問題は、多数の債券の格付けが相次いで引き下げられた場合、ハイイールド社債市場が急激に過密化して市場の混乱を招き、脆弱な発行体は資金を調達できなくなる可能性があるということです。その影響は株式市場にも波及し、株価は調整局面に入る恐れがあります。

結論

すべての企業が資本を毀損させるような借入を行っているわけではありませんが、企業の債務水準が高いことと利益率がすでにピークに達している可能性があることを考えると、これは注視すべき問題です。利益率が低下傾向に転じれば、最終的に株価にマイナスの影響が及ぶことになります。

バリュエーションの観点では、MSCIワールド指数ベースの株価収益率から見ると、現在、グローバル株式は長期平均水準で取引されており、グローバル株式はこうした岐路にあっても妥当な水準にあるように見受けられます。しかし、債務調製後の指標であるEV/EBITDAを用いて評価すると、状況は明らかに異なります。

弊社では景気サイクルにおける現在の局面を踏まえ、多額の債務を抱える企業、特に効率的な資本配分を行うスキルのない企業については慎重な見方をしています。対して、債務をコントロール可能な水準に維持しつつ、継続的にキャッシュフローを創出し、持続可能なフランチャイズを有する質の高い企業に着目し、ディフェンシブな投資アプローチを取ることが賢明であると思われます。

健全なバランスシートを維持する企業は、債務関連の問題で市場が混乱しようとも、それを乗り越えることができると考えています。特に金利上昇の継続と、利益率が低下が見込まれる環境下では、財務体質の健全性が重要です。

  1. ファクトセット、2018年12月31日時点
  2. “Global non-financial corporate debt hit record high in second quarter: IIF”、2018年11月28日
  3. “U.S. credit boom: red flag orinvestable asset?”、フィナンシャル・タイムズ、2018年5月8日
  4. “BBB debt: Not all created equal”、J.P.モルガン、2018年11月29日
  5. 本資料に記載された個別の銘柄・企業名は参考情報であり、当社が特定の有価証券等の取得勧誘や売買推奨を行うものではありません。また、将来の組入れを示唆または保証するものではありません。 
  6. “Anheuser-Busch cuts dividend in half, shares crater to 6-year low”、CNBC、2018年10月25日
  7. ファクトセット、2018年9月30日
  8. “Moody’s Downgrades Anheuser-Busch InBev to Baa1: affirms Prime-2: Outlook stable”、ムーディーズ、2018年12月10日
  9. “Investors support AB InBev’s debt rebalancing”、フィナンシャル・タイムズ、2019年1月27日
  10. ブルームバーグ、2019年1月31日 
  11. ファクトセット、2018年9月30日時点
  12. “Newell Rubbermaid, Jarden to Merge in $17B Deal”、The Street、2015年12月14日
  13. “Bits & pieces“, CSLA, 2018年12月7日

本資料は、Manulife Asset Management (US) LLC が作成した ”Global equities: the looming debt and margin cloud”(2019年2月発行) を、マニュライフ・アセット・マネジメント株式会社が翻訳したものです。

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