アジア債券:マクロ環境が変わりゆく中、 勢いが加速

アンドレ・ペダーセン
グローバル債券 副CIO

マレー・コリス
アジア債券(除く日本)CIO

クリス・ラム
アジア債券 ポートフォリオ・マネージャー

エリック・ロウ
アジア債券 ポートフォリオ・マネージャー

2023年には、米連邦準備制度理事会(FRB)による更なる金融引き締めや、混乱が続く中国の不動産セクターが再びアジア債券の重石となりました。しかし2023年後半にFRBが方向転換する可能性が浮上したことや、アジアの底堅さを背景に、通年で見たリターンはプラスとなり、他市場をアウトパフォームしました。アジア債券チームでは、世界的な金利環境の変化を背景に、当資産クラスは2024年に勢いが加速し、魅力的な名目利回りとキャリー獲得機会をもたらすと見ています。投資ユニバースが多様化する中で、クレジットは引き続きプラスのリターンを上げると見られ、クレジットのファンダメンタルズが堅調な一部の市場やセクターは上振れする可能性があります。

2023年初めの時点では、投資家はおそらく2022年ほどの不透明感を感じてはいなかったでしょう。インフレの脅威は周知の事実であり、引き続きマクロ経済環境と金融政策を左右する要因でした。現に、FRBは2022年に425~450ベーシスポイント(bps)という記録的な利上げを行った後、2023年にも100 bpsの追加利上げを行い、8月までに政策金利を5.25%~5.50%まで引き上げました。FRBはその後、9月以降は金利を据え置いています。

とは言え、不透明感はその後も続いており、投資家はFRBの利上げがいつ打ち止めとなるのか、米国経済は最終的に「ソフト・ランディング(軟着陸)」を実現できるのか懸念していました。その結果、米国債のボラティリティは長期債を中心に大幅に上昇しました。年初時点で3.88%だった米10年国債の利回りはピーク時に約5%まで上昇した後、年末には低下しました。米国債の先行きのボラティリティを測るMOVE指数は、2023年に2008年以来の高水準をつけました。 

こうした状況の中、ボラティリティの上昇にもかかわらず、アジア債券はグローバル債券とエマージング市場全体をアウトパフォームしました(図1参照)。

図1:グローバル債券のパフォーマンス
(2019年1月~2023年12月)

出所:ブルームバーグ、2023年12月31日現在。アジア債券=JACICOTR、エマージング市場債券=JGENVUUG、グローバル債券=LEGATRUU。2019年1月を100とした場合。
 

クレジット・スプレッドで見ると、アジアの投資適格債(IG)は引き続き底堅く推移し、2023年には年間で約32 bps縮小しました1。これは主に、デュレーションが相対的に短いことと、地域内のより景気が底堅い国の国有企業が投資ユニバースに比較的多く含まれることによるものです。クレジットの堅調なファンダメンタルズと、2023年末にかけて米国債利回りが低下したことを追い風に、投資適格債のトータルリターンは7.4%となりました2

アジアのハイイールド債(HY)も、投資適格債を下回ったとは言え4.8%のプラス・リターンを記録しました。インドの再生可能エネルギーやマカオのカジノ銘柄といった地域内のセクターの好調さが、ボラティリティと中国の不動産セクターに対する投資家心理の悪化を相殺したことが背景にあります3

2024年:アジア地域の景気は底堅く、利回りとキャリー獲得機会は今も相対的に魅力的

私たちは、過去2年間極めて不安定に推移してきた金利環境は落ち着きを取り戻す可能性が高いと見ています。

私たちの基本シナリオは、FRBの足元の利上げサイクルは終わりに近づいているか、既に終了したというものです。このシナリオが正しいことが確認できれば、マクロ経済環境を安定させ、アジアに恩恵をもたらすような、いくつかのプラス要因が浮上すると思われます。

事実、国際通貨基金(IMF)は2024年の世界の経済成長率が2.9%まで減速すると予測しているにもかかわらず、2024年のアジア地域はその多様な成長特性を背景に、4.2%という世界で最も高い成長率を記録すると予想されています4

2023年の中国の経済成長率は市場予想を下回りました。とは言え私たちは、中国政府がこのところの財政・金融政策の強化や、最近報道があった融資対象不動産開発会社のリスト作成など5の的を絞った不動産セクター支援策を示唆していることを前向きな材料と考えています。

同じく重要な点として、インドやインドネシアなどの国は新たな成長の原動力となっており、それによってアジア地域の底堅さが高まる可能性があります。

2023年のインドは、インフラに対する多額の公共投資と、生産連動型優遇策(PLI)などの国内製造業振興政策が奏功し、アジアの主要国の中で最も高い成長率を記録しました。一方インドネシアは、ボーキサイトやニッケルなどの主要鉱物資源の高付加価値化事業を国内に引き留めるため、電気自動車(EV)用車載電池を製造するための国内サプライチェーンを築きつつあります。

次のセクションでは、2024年のアジア債券の見通しをクレジット、金利、通貨という3つの分野に分けて分析していきます。

2024年の投資適格債:クレジットのファンダメンタルズは堅調さを維持

グローバル市場の高ボラティリティにもかかわらず、2023年のアジアの投資適格債は底堅いパフォーマンスを上げました。その背景であるクレジットの堅調なファンダメンタルズとアジア地域の着実な経済成長は2024年も持続すると予想されます。

債券の需給要因も関係しています。2023年のアジアの債券発行額は、米ドル建て債の利回りが上昇し、多くの企業が国内でのより低金利での資金調達を模索したことで、前年を22%下回りました(図2参照)。

私たちは利回りの低下によって投資適格債の発行が徐々に上向くと予想しているものの、FRBが積極的な利下げサイクルに乗り出さない限り(既発債の満期到来を考えれば)2024年の純発行額がプラスになることはないと見ています。

図2:2019年~2023年のアジアのクレジット総発行額(10億米ドル)

出所: JPモルガン、2023年12月29日現在

また米国債利回りが低下し続けた場合、投資適格債のスプレッドはある程度拡大する可能性があるものの、名目利回りの低下がクレジット・スプレッドの拡大による損失を十二分に補うことで、市場全体のトータルリターンはプラスを維持すると思われます。

こうした背景に基づき、私たちはアジア地域の一部の投資適格債の投資機会について前向きな見方を取っています。いつもそうであるように、ボトムアップに基づく銘柄選択が不可欠であることに変わりはありません。

  • 信用格付けが「BBB」の銘柄を中心とする、中国の一部の民間企業(POE)。中国経済は2024年も不安定な展開が続く見通しですが、ファンダメンタルズが強固な一部のPOEは他社をアウトパフォームし、中国の構造的な消費拡大から恩恵を受けられると見ています。
  • アジア地域の銀行の資本性債券は、リスク・リターン特性から見て魅力的と言えます。現にアジアの銀行は、米国の地方銀行が2023年3月に相次いで破綻した後も底堅さを示してきました。全体として、アジアの多くの銀行が国営系であることはプラス要因です。ボラティリティが比較的低く、各政府から金融システム上重要な金融機関と見なされやすいためです。

例えば私たちは、好調な景気、資産の質の改善、そして企業向け・消費者向け融資の需要拡大に支えられたインドの銀行に投資機会があると考えています。また、より安定し、潤沢な自己資本を備えたオーストラリアの銀行の資本性債券についても、バリュエーションが魅力的なため、前向きな見方をしています。格付けの低いクレジットにまで対象を広げれば、コーポレート・ガバナンスが堅固で国際的に有名な金融機関が発行するクレジットの中から、リスクを管理しつつ利回りのより高い銘柄を見出すことができます。

また、とりわけ過去2年間にアジア地域では投資適格債の発行が低調だったことを考慮すれば、これらの証券はポートフォリオの分散にも重要な役割を果たします。

2024年のハイイールド債:クレジット・ユニバースが多様化する中で投資機会が変化

2023年には、中国の不動産セクターが引き続きハイイールド債のパフォーマンスと投資家心理の重石となりました。しかし既に指摘したように、非常に多くの不動産開発企業が債務不履行に陥り、一部が破綻したことから、同セクターのハイイールド債市場における存在感は以前ほど重要ではなくなっています。同セクターの低迷が始まった2021年以降のデフォルト件数は115件、デフォルト総額は1,440億米ドルに達しています。

中国政府による支援策が続く中、同セクターは長期的には安定を取り戻すと見られるものの、中国のGDPの約25~30%を占めていた頃には戻らないと思われます。

私たちは、同セクターは縮小を続け、大幅な業界再編が行われると予想しています。この不可避的な結果に向けてボラティリティの高い状態がおそらく続くものの、デフォルト件数は徐々に減少していくと思われます。

おそらく投資家にとってそれよりも重要なこととして、同セクターは現在、JPモルガン・アジア・クレジット指数(JACI)ハイイールドの約5%を占めるに過ぎない(ピーク時は約40%)ことから、クレジット・ユニバースが多様化する中で投資機会に変化が生じることが予想されています。そのため、同セクターが一段と高いボラティリティに見舞われたとしても、インドの再生可能エネルギーやマカオのカジノセクターなど、より大きな企業セグメントと比べれば、市場への影響は小さいと見ています(図3参照)。 

図3:JACIハイイールドのセクター内訳

出所:JPモルガン、2023年11月15日現在
 

さらに、2024年を迎えるにあたり、アジアのハイイールド債のファンダメンタルズは全体的に更に改善することが予想されます。2023年のデフォルト率は12.5%(推定)と引き続き過去の平均を大きく上回ったものの、2024年には10.3%まで顕著に低下すると予想されています6(図4参照)。

図4:アジアのハイイールド債のデフォルト率の推移 
2003年~2024年(予想)

出所および注7:ゴールドマン・サックス、2023年11月24日。当該グラフには、過去の実績のみではなく、予測の記載がございます。当該予測は将来の成果等を示唆または保証するものではございません。

全体として私たちは、2024年には以下のハイイールド債セグメントが有望だと考えています。 

  • インドのインフラ銘柄は、好調なマクロ経済と政府の旺盛な支援を背景に、魅力的です。インド経済はおそらくアジアで最も好調であり、インド政府は2024年度のインフラ投資に1,200億米ドルを割り当てています8。このことはクレジットの格付け向上につながっており、2023年前半に信用格付けが引き上げられたインドのクレジットの約29%をインフラ関連が占め9、他のすべてのセクターを上回りました。
  • マカオのカジノ銘柄は、中国が2023年初頭に経済活動を再開して以来、クレジットのファンダメンタルズが底堅く推移しています。中国の経済成長率は予想を下回っているものの、マカオは回復を続け、ゴールデンウィークに観光客が増加したことで、一部の銘柄が格上げされました。またアジアのハイイールド債の中でも、同セクターの銘柄に魅力的なバリュエーションでの投資機会を見出すことができます。

    全体的に、アジアのハイイールド債市場を取り巻く環境は過去3年間で大きく様変わりし、地域やセクターという面での多様化が進みました。
  • 中国の不動産セクターがハイイールド債のユニバースに占める割合は、以前より大幅に低下しています(約5%)。不動産市場で大幅な値下げが見られることに加え、中国政府は供給サイド(不動産開発会社)だけでなく需要サイド(消費者)にも支援対象を広げています。全体的に、私たちは慎重ながらも楽観的な見方を取っており、K字型の業界再編が進む間、発行体を厳選しています。

2024年の金利:利回りが高い市場の一部に投資機会

FRBの金融引き締めサイクルが終わりに近づきつつあるか、既に終了した今、私たちは2024年のアジアの金利環境について前向きな見方を取っています。

2023年にFRBが行った利上げに対するアジアの中央銀行の反応は、国によってまちまちでした。インドやインドネシアなど、インフレ率が比較的低水準に留まっていたアジア地域内のいくつかの中央銀行は、FRBに追随した連続利上げを行いませんでした。

2024年にはFRBや世界の他の中央銀行が利上げを停止し、アジア地域のインフレ圧力が後退すると見られることから、私たちはアジアの一部の中央銀行には更なる利下げ余地があると考えています。

2023年のアジアの現地通貨建て債券市場は、インフレに対するより慎重なアプローチのために米国債を概ねアウトパフォームしており10、私たちは比較的利回りが高い3つの債券市場について、2024年の見通しは明るいとの考えを維持しています。

  • インドネシアの名目利回りは魅力的であり、10年国債利回りは約6.50%となっています11。さらに、インドネシア中央銀行は主に自国通貨の防衛を目的として10月に政策金利を6%に引き上げた後12、利下げ余地を残していると思われます。インフレ率は着実に低下し、中央銀行のインフレ目標である4%以下に留まっています13。そして、インドネシアの財政状況は改善しつつあり、2023年と2024年の財政赤字はそれぞれ2022年の2.35%を下回る見込みです14
  • インド市場は恐らく地域内で最もファンダメンタルズが強固であり、10年国債利回りは約7.20%15と魅力的な水準にあります。成長率は依然として高く、2023年第3四半期(7-9月期)のGDPは地域内で最も高い前年比7.6%増を記録したほか16、インフレ率は後退し、貿易赤字と経常赤字は安定しています。
    加えて、グローバル指数への組み入れが拡大した場合、インド市場の追い風となる可能性があります。JPモルガンGBI-EM指数シリーズは2024年6月からインド国債を組み入れる予定であり、ブルームバーグ・バークレイズとFTSEも2024年にインドを組み入れることを検討しています。
  • 最後にフィリピンは、高いボラティリティを背景に、比較的魅力的なバリュエーションでの投資機会があります。フィリピンの金利環境は歴史的にFRBの金融政策との感応度が高く、したがってFRBが利上げサイクルを打ち止めした場合、他のアジア市場以上に恩恵を受けられる可能性があります。

2024年の通貨:インドネシアルピアと韓国ウォンの見通しは明るい

2023年の米ドル相場は不安定となり、米ドル指数(DXY)は当初、金利差の拡大を背景に上昇したものの、年末時点では前年比ほぼ横ばいとなりました。2023年のアジア通貨のパフォーマンスはまちまちとなり、いくつかの市場は米ドルに対して上昇しました(図5参照)。

図5:アジア通貨の対米ドルでのパフォーマンス

出所:ブルームバーグ、2023年12月31日現在
 

2024年には、FRBが利上げサイクルの停止を示唆すれば、幅広くアジア通貨が支えられると思われます。私たちは特に以下2つの通貨について前向きな見方をしています。

  • 2024年のインドネシアルピアは、世界的な金利環境の改善と、ポートフォリオ投資および外国人直接投資の増加によってより安定し、上昇すると見られます。外国人投資家の国債保有比率はコロナ禍前の2020年には40%近かったものの、現在では15%未満まで低下しています17。相対的な高利回りと通貨の安定を受けて、この割合は上昇する可能性があります。インドネシアはEV向け車載電池などのハイテク製品の国内製造体制を整えつつあることから、外国人直接投資も加速しつつあります18
  • 2023年後半に反発した韓国ウォンも強含む可能性があります。半導体需要が底を打ったことで、2023年10月には13ヶ月ぶりに輸出が前年を上回りました。半導体および人工知能(AI)関連の製品需要は短期的に拡大すると予想され、2024年の韓国の輸出は好調に推移し、経常黒字に貢献すると見られます。

まとめ

18ヶ月にわたるFRBの利上げと中国の不動産セクターの更なる業界再編を経て、2023年のアジア債券は反発してプラス・リターンを上げ、2024年に回復する初期の兆しを見せています。

2024年には、FRBの金融緩和やアジア地域経済と企業業績の堅調さ、クレジットの底堅いファンダメンタルズを追い風に、こうした勢いが持続する可能性があります。私たちは、FRBの金融引き締めサイクルの終焉や、中国の不動産セクターの底入れが近づくことで、アジア債券市場はグローバル市場を大幅にアウトパフォームする可能性があると考えています。

しかしそれまでの間、市場は不安定な状態が続くと予想されます。インフレや金融政策の動向に関する潜在的リスクに加え、2024年にはアジア地域内のインド、インドネシア、台湾、韓国で主要選挙が実施され、また言うまでもなく米国でも重要な選挙を控えています。

利上げは景気の減速をもたらす可能性があり、クレジットは厳しい状況が続くと見られることから、ボトムアップによるクレジット分析は依然として必要不可欠です。また、堅調なファンダメンタルズを背景に、一部の現地通貨建て債券市場と通貨もリターンにプラス寄与する可能性があります。

  1. ブルームバーグ、2023年12月31日現在、JACIIGBS
  2. ブルームバーグ、2023年12月31日現在、JACIIGTR
  3. ブルームバーグ、2023年12月31日現在、JACINGTR
  4. https://www.imf.org/en/Blogs/Articles/2023/10/10/resilient-global-economy-still-limping-along-with-growing-divergences
  5. https://www.bloomberg.com/news/articles/2023-11-20/china-drafts-list-of-50-real-estate-firms-eligible-for-funding
  6. ゴールドマン・サックス、2023年11月24日
  7. ゴールドマン・サックス、2023年11月24日。当該グラフには、過去の実績のみではなく、予測の記載がございます。当該予測は将来の成果等を示唆または保証するものではございません。
  8. https://www.wsj.com/world/asia/indias-spending-push-on-infrastructure-lifts-growth-f93e8f90
  9. https://www.crisilratings.com/en/home/newsroom/press-releases/2023/10/first-half-credit-ratio-1pt91-riding-on-domestic-demand-govt-capex.html
  10. ブルームバーグ、2023年12月31日現在
  11. ブルームバーグ、2023年12月31日現在
  12. https://www.reuters.com/markets/asia/indonesia-cbank-unexpectedly-raises-rates-amid-falling-rupiah-2023-10-19/
  13. インドネシア中央銀行ウェブサイト
  14. https://www.reuters.com/world/asia-pacific/indonesias-budget-tips-into-deficit-october-track-full-year-target-2023-11-24/
  15. ブルームバーグ、2023年12月31日現在
  16. https://asia.nikkei.com/Economy/India-posts-7.6-GDP-growth-on-brisk-infrastructure-spending
  17.  https://www.bloomberg.com/news/articles/2023-11-08/fund-giants-are-demanding-ever-higher-yields-for-indonesia-bonds
  18. https://jakartaglobe.id/business/investment-remains-bullish-despite-upcoming-election-with-17-fdi-growth

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