アジア債券:2020年下期投資環境見通し

足元の不透明な市場環境において、アジア経済およびアジア社債は、他の市場よりも困難を乗り越えるのに優位な立場にあると考えます。本稿では、アンドレ・ペダーセン(アジア債券部門(除く日本)チーフ・インベストメント・オフィサー)率いるアジア債券運用チームと、フィオナ・チャン(アジア・クレジット・ヘッド)率いるアジア・クレジット・リサーチ・チームが、アジア地域の経済見通しと、今後のアジア債券市場を形作ると思われる主要トレンド、そしてアジア債券市場の魅力的な投資機会をもたらすであろう堅固なファンダメンタルズについてご説明します。

不透明な環境下でアジアのファンダメンタルズに注目

2020年における足元までの市場は、誰もが予想しなかった展開をたどってきました。1月半ばに米中両国が貿易協定の第一段階の合意に達したことで、年初の時点では、市場を楽観視する参加者が大半を占めておりました。しかし新型コロナウイルスの世界的な感染拡大と原油価格の急落によってグローバルに資産市場において混乱が生じると、ボラティリティは急激に上昇し、資産価格は大幅に下落しました。政府が前例のない規模の財政・金融政策を打ち出したことや、感染封じ込め策が表面上はいったん奏功したことで、市場は落ち着きを取り戻しました。しかし、多くの投資家は引き続き、この極めて不透明な環境下におけるアジア債券市場の先行きを注視しています。

当チームの基本シナリオでは、各国中央銀行と政府の支援策がもたらした当初の「即効薬」により、2020年下期には景気が急速に回復すると予想しています。とは言え、先進国市場では、その効果は最終的に2020年末から2021年初めにかけて薄れていくと思われます。世界経済がいわゆる「平常時」の環境を取り戻したとしても、経済活動はコロナ前の水準の約70-80%までしか回復しないと思われます。

今後の見通し:3つの主要トレンド

当チームは上記基本シナリオを念頭に置いた上で、短期的に債券投資家に影響を及ぼす世界的なトレンドは主に以下の3つだと考えています。

  •  景気の減速や、負債水準および失業率の上昇により、先進国市場の信用状況は一段と悪化することが予想されます。とりわけ景気の低迷が長期化した場合、各国政府が景気回復のために取ることが出来る政策手段は次第に少なくなるでしょう。格付会社のムーディーズは、2020年にはグローバル社債のデフォルト率が大幅に上昇すると予想しており1、またフィッチ・レーティングスは、既に先進国市場の多くの銘柄を投機的格付けに引き下げています(「フォーリン・エンジェル」)2。しかし、両格付会社ではアジア太平洋地域のデフォルト率は相対的に低水準に留まると予想しており、また当チームでもアジア地域の銘柄が投機的格付けに格下げされるリスクは比較的低いと見ています3
  • 新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、サプライチェーンに混乱が生じたことで、中長期的には供給のローカル化・地域化が加速すると見られます。各国の政府は、商品の安定した供給網を確保して輸出依存度を引き下げるため、重要かつ必要不可欠な産業セクターに直接関与する傾向が強まると思われます。そのため、テクノロジー、半導体、付加価値の高い製品関連の製造業、ヘルスケアといった戦略的セクターに対する政府支援は拡大していくと見られます。また、オフショア市場を通じた資金調達には、地政学リスクの上昇時に調達が困難になるという潜在的なリスクがあるため、従来まで外国資本による調達に依存してきた企業は、オフショア市場に関連した調達リスクを最小化すべく、国内の資本市場へ回帰を図る可能性があります。
  • アジアの社債市場では、国・地域によって今後も明暗が分かれると見られます。中国ではこのところ、資本財・サービスセクターの企業が米ドル建てハイイールド債券で資金を確保できない事例が多く発生しており、結果として中国のハイイールド債市場では不動産セクターの発行体の比重が高まっています。加えて、2019-2020年に起きた中国のデフォルト事例がほぼ民間企業に集中していたことからも分かるように、マクロ環境が不透明な状況下では、民間企業よりも国有企業の方が信用面で魅力度が高いと考えます4

アジア債券への投資機会

このようにグローバル環境が目まぐるしく変化するなか、アジア債券のファンダメンタルズが注目されるでしょう。アジア地域の経済成長見通しは依然として相対的に明るく5、多様化し且つ適切に管理された経済、政府部門と企業部門の持続可能な水準に留まっている負債水準、相対的に高い利回りは、グローバル債券の投資家にとって魅力的と言えるでしょう。

当チームは2020年下期にかけた金利およびクレジットへの投資機会について、ポジティブに見ています。

インドネシアは金利面で魅力的

アジアの中央銀行の多くが大幅な利下げを行ったものの、いくつかの市場ではまだ追加緩和の余地が残されています。当チームはとりわけ、多くの点からインドネシアに対するポジティブな見方を維持しています。インドネシアは新型コロナウイルスの感染拡大にうまく対処しており、インドネシア政府は徐々にではありますが、経済活動の再開に舵を切っています。さらに、インドネシアのマクロ経済のファンダメンタルズは大きなダメージを受けておらず、また中央銀行の慎重な利下げによってインドネシア・ルピアは安定推移しており、インフレ率はほぼ20年ぶりの低水準にあります6。インドネシア政府は足元の景気低迷を受けて、景気拡大のために政府支出を大幅に拡大したものの、他のエマージング市場と比較した場合、財政赤字は許容可能な水準に留まっています7

総じて、インドネシアは、魅力的な実質利回りを享受することが期待でき、また更なる利下げの余地も残された、引き続き魅力的な投資先であると見ています。

中国の国有企業・政府機関債に対するポジティブな見方

当チームは、魅力的な投資機会を得る上で、足元では特に社債の銘柄選択が重要になると考えます。世界的なトレンドと同様に、アジア地域においても信用状況の悪化が予想されます。そのため、その他の地域と比べると「フォーリン・エンジェル」リスクは低いものの、今後2年間で格下げやデフォルトは増加すると思われます8

しかし、アジア地域は世界のその他の地域よりも優位にあると見ています。それは、アジア社債の信用力が高いという理由だけではなく(JPモルガン・アジア・クレジット・インデックス(JACI)構成銘柄の半数以上(約77%)が投資適格)、アジア地域の企業が地方銀行での借り入れから債券発行に至るまで幅広く多様な資金調達チャネルを有していることが挙げられます。

当チームは、以下の社債セクターについて、ポジティブな見方をしています。

  • 中国は、おそらく世界に先駆けて景気回復への道筋をたどり始めていると思われます。そして、地政学的緊張が増大し、厳しい経済状況が続くなか、中国の中央銀行は引き続き景気を下支えすると見られます。なかでも、国有企業(SOE)と不動産セクターの見通しは明るいでしょう。これらのセクターは長期的な景気回復に極めて重要であることから、政府による強力な支援が受けられると考えています。一方、地方政府の資金調達事業体である融資平台(LGFV)全般に関しては、当チームは慎重な見方をしています。関連する地方自治体または各省の当局が、期待される支援を受けられない可能性があるためです。ただし、戦略的経済プロジェクトに関わる少数の銘柄は、投資家にとって魅力的であると思われます。
  • JACIインデックスの約40%は、国有企業(SOE)および政府機関が占めています。東南アジア諸国連合(ASEAN)地域では、同セグメントの発行体は国内最大手であることが多く、多様な手段で資金調達が可能なことから、困難なマクロ経済局面をうまく乗り越えられると見ています。また、これらの発行体は信用力が非常に堅固であることから、アジア地域で続く金融緩和も追い風になると思われます。

アジア地域の中では、インド市場についてやや慎重な見方を取っています。

  • インド経済の急激な減速や、元々高水準にあった財政赤字が引き続き拡大傾向にあることは懸念材料であり、景気が一段と悪化した場合でも財政政策の余地は限られていると思われます。とは言え、インドは海外資本への依存度が比較的低く(対外債務は中央政府債務の6%)9 、原油価格の低下に伴う交易条件の改善によって今年の経常赤字は縮小が予測される10などポジティブな材料もあります。

インドの直近の格付けは投資適格から投機的格付けに転落する瀬戸際にあり(Baa3/BBB)、インド政府が格付会社の設定した成長率や負債目標に関する指標をどの程度達成できるか、また、格付会社のスタンス(景気サイクルにおける特定の局面で評価するか、景気サイクル全体を視野に入れるか)次第では、インドの国債および政府機関債の格付けが投機的格付けに引き下げられる可能性があります11。当チームは引き続き、状況を詳細にモニタリングしていく方針です。

アジア債券に投資妙味

世界経済は今後2年間にわたり厳しい状況が続く可能性が高いと見られます。成長率が低水準で推移し、格下げやデフォルト件数が増加するなかで、銘柄選択が極めて重要となるでしょう。しかし、アジア経済と企業のファンダメンタルズ、魅力的な利回りを考慮すれば、足元の不透明な環境において、アジア債券は投資家にとって魅力的であると思われます。

  1. 出所:ムーディーズ、2020年4月29日。ムーディーズによれば、2020年の世界のデフォルト率は11.6%に達する見通しです。
  2. 出所:フィッチ・レーティングスによるウェブセミナー、2020年5月12日。「米国と欧州のフォーリン・エンジェル」、2020年5月。フィッチ・レーティングスによると、投機的格付けに格下げされた米国および欧州・中東・アフリカ(EMEA)市場の銘柄は2020年3月だけで既に24銘柄に達しているのに対し、アジア社債市場では過去12年間で約50銘柄に留まっています。
  3. 出所:ムーディーズ、2020年4月29日。2020年のアジア太平洋地域のデフォルト率は6.4%に達する見通しです。
  4. 出所:ゴールドマン・サックス、チャイナ・デフォルト・ウォッチ
  5. 出所:国際通貨基金(IMF)、2020年6月:2020年の予想経済成長率は先進国が-8.0%、新興国およびアジア開発途上国が-0.8%となっています。
  6. 出所:ジャカルタ・グローブ紙、2020年6月19日。インドネシアの中央銀行は、2020年のGDP成長率を0.9%~1.9%と予想し、2021年には5%~6%まで回復すると予測しています。
  7. 出所:ブルームバーグ、2020年4月1日。インドネシアは、1997年のアジア通貨危機を経て、2003年に年間財政赤字の上限を対GDP比3%と定めました。2020年4月、インドネシア政府は政策対応を拡大するため、この法定上限を2023年まで一時的に撤廃しました。インドネシア政府は現在、2020年の財政赤字を対GDP比5.07%と予測しています。
  8. 出所:ブルームバーグ。JACIを構成する発行体のうち「BBB-」格付けは8%に過ぎず、65%は一般企業より多くの支援を受けられる政府関連企業となっています。
  9. 出所:フイッチ・レーティングス、2020年6月18日
  10. 出所:スタンダード・アンド・プアーズ、2020年6月10日
  11. 2020年6月1日、ムーディーズは、インドの外貨建ておよび現地通貨建て長期信用格付けを「Baa3」に引き下げました。2020年6月10日、スタンダード・アンド・プアーズは、インドの外貨建ておよび現地通貨建て信用格付けを、長期債については「BBB-」、短期債については「A-3」に据え置きました。
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