中国社債市場の明るいセグメント:地方融資平台

ジュディ・クオック
中国債券 リサーチ・ヘッド

ジェーン・パン
中国債券 リサーチ・ディレクター

急落した中国不動産セクターをはじめ、アジア社債市場ではボラティリティが高まり、相場が低迷しているにもかかわらず、オフショア市場の投資適格中国地方融資平台(IG LGFV)1セクターは比較的底堅く推移し、年初来の純発行額は前年を大きく上回っています。本稿では、中国債券リサーチ・ヘッドのジュディ・クオックと中国債券リサーチ・ディレクターのジェーン・パンが、中国社債市場のこの明るいセグメントの背景にあるプラスの要因について解説します。

世界的に金利が大幅に上昇し、不安定な中国不動産セクターを筆頭にアジア社債市場の低迷が長引くなど、足元の債券環境は厳しい状況が続いています。こうした中、投資家はアジアにおける魅力的な投資の選択肢を積極的に模索している可能性があります。

中国ではほぼすべての地域に地方融資平台(LGFV)が存在し、その数は10,000前後にのぼりますが、他の資産クラスほど知られていないか、それほど市場に受け入れられていない可能性があります(LGFVの背景情報は付録を参照のこと)。これまでは、一部の発行体の不透明さや、積み上がる「満期の壁」に対する懸念が、一部の投資家に敬遠される原因となっていました。

しかし私たちは、いくつかの理由で、世界の投資家はLGFVを見直すべきだと考えています。LGFVが発行した投資適格(IG)債は、厳しい経済環境にもかかわらず年初から底堅いパフォーマンスを見せています。またLGFVは純発行額が前年同期を上回っている唯一の企業発行体でもあります。この資産クラスでは今後、いくつかの政策が短期的な追い風になると見ています。

底堅いパフォーマンス

図1に示すように、中国のIG LGFVセクターは年初来で-2.9%のトータル・リターンと米国債に対する1.16%の超過リターンを記録しており、中国の投資適格債の中で最も堅調なセグメントとなっています。また同セクターのスプレッドは年初来で40ベーシスポイント超縮小しており、スプレッドの水準は2017年後半~2018年前半に近い数値です2

図1:中国投資適格債の年初来のセグメント別パフォーマンス3

Chart mapping the U.S. five-year break-even rate against the U.S. dollar/Chinese renminbi pair during the five-year period ending on November 30, 2021. The chart shows that there’s a strong direct correlation between the two sets of indicators.

私たちは、IG LGFVセクターの堅調なパフォーマンスは2022年後半以降も継続すると予想しています。オンショア市場とオフショア市場の利回り格差に着目した中国の投資家の堅実な需要や、国有企業(SOE)による起債の少なさが同セクターを下支えする可能性があります。

純発行額の大幅な増加

中国の投資適格社債の発行体の中で、IG LGFVは「純」発行額が前年を上回っている市場セグメントであり、2022年1~4月期の発行額は、前年同期の30億米ドルを上回る120億米ドルとなっています。このことは、2022年1~4月期の民間企業(POE)の投資適格債が前年同期の純発行額120億米ドルに対して10億米ドルの純償還となったこととは対照的です4

それと同時に、2022年1~4月期のアジアの米ドル建て債券市場の純発行額は前年同期を91%下回る70億米ドルとなり、中国本土では前年同期の300億米ドルの純発行とは対照的に、110億米ドルの純償還を記録しました。

地方政府はLGFVへの依存度を高め、より有利な政策環境が続く見通し

全体的に、IG LGFVセクターに関する経済的・政治的状況は、有利な状態が続いています。LGFVの土地販売収益が減少したことの影響は、金融機関からの支援の拡大や、中央政府からの財政移転の拡大、インフラ支出の拡大に伴う利益の増加、および地方政府特別債の発行の加速によって軽減されると予想しています。とは言え、債務の一部は規模および戦略上の理由からデフォルトさせることができないため、地方政府の「簿外債務」5の管理に関する規定は維持されると思われます。

地方政府の歳入は減少の見通し

私たちは、2022年には地方政府の総歳入が減少する可能性が高いと見ています。31の省・直轄市・自治区の政府を合わせた2022年の歳入予想6は、前年比3%増(一般予算歳入が5%増、中央政府からの財政移転が18%増7、政府性基金収入が10%減)となっています。この推計は上海のロックダウン(都市封鎖)より前に作成されたため、おそらく楽観的なものと思われます。

図2:地方政府の歳入源(2022年)8

土地販売の減少が地方政府の財政を圧迫

不動産開発業者の資金調達に関する規制と、より厳格な入札規則の導入によって、地方政府の主要な歳入源は昨年、既に打撃を受けており(図2)、中国の半数以上の省で土地販売収益が減少しました。

2022年には、土地販売による地方政府の収益は引き続き伸び悩むと見ています(基本シナリオでは前年比20%減と予想)9。このため、地方政府の重要な歳入源が縮小し、地方政府は中央政府からの財政移転に対する依存度を高め、景気対策としてのインフラ支出を賄うために債務を増やさざるを得なくなることが予想されます。一部の地方政府は、インフラ投資を支える財源が少なくなる一方で、インフラ投資の財源を確保するために、LGFVへの依存度を高める必要に迫られる可能性があります。このほか、土地販売収益の減少は、経済の多様性が乏しく固定資産投資への依存度が高い地域に大きな影響を及ぼすことが予想されます。また人口の流出が続いている地域も、都市部の土地に対する需要が低下することで、打撃を受けると思われます10

LGFVに対するより有利な政策環境が続く見込み

私たちは、土地販売の減少とゼロコロナ政策による歳入不足は、以下によって補われる可能性があると考えています。

  1. 全国および地方の金融機関による資金調達支援
  2. 財政支出の削減または政府資産の売却
  3. 特別国債の追加発行を通じた、中央政府からの財政移転の更なる拡大
  4. 地方政府特別債の発行を加速することなどを通じてインフラ支出を拡大することにより、地方政府の税収を拡大できる可能性

経済情勢が厳しいことから、2022年通年のGDP目標を実現するために、年内はLGFVの債務削減が棚上げされる可能性が高いと思われます。

インフラ支出の拡大がLGFVの追い風となる可能性

中国の2022年第1四半期(1~3月期)のGDP成長率は前年同期比4.8%まで減速した(2022年通年のGDP成長率目標は5.5%「前後」)ものの、この間、インフラ投資は(2021年第1四半期の前年同期比0.4%増に対して)同8.5%増まで加速しました。2022年には、地方政府特別債の発行を加速することで、インフラ関連の予算支出と債券発行が2桁増となり、インフラ投資の伸び率が10%超まで押し上げられると予想しています。

まとめ

これまで、中国社債市場の他の選択肢と比べると、LGFVのリスク・リターン特性はそれほど魅力的には見えなかったかもしれません。しかし国内の経済環境が急速に変化する中で、IG LGFVセクターは年初来のパフォーマンスが底堅く、重要性が高まっており、有利な政策が追い風になると見られることから、一部の投資家はダイヤモンドの原石を発見できる可能性があります。

 

付録 :地方融資平台の背景

LGFVとは

LGFVは当初、地方のインフラ更新資金を調達し、土地の区画を不動産開発企業に販売する準備を整える目的で設立されました。その後、運輸、公益事業、社会的住宅供給など、都市開発に関連するその他の事業領域に範囲を拡大しました。近年では、貿易や不動産開発、資本財・サービス、金融など、より商業的な事業にも進出しています。現在、約3,000の地方政府が人民元建て債券を発行し、166の地方政府がオフショア市場でドル建て債券を発行しています11

LGFVの債務残高

LGFVの財務報告書によると、2020年現在、LGFVの債券発行体による有利子債の発行済み残高は約45兆元でした。これは2020年の中国GDPの41%に相当し、2016年の同33%を上回っています。2021年12月現在におけるLGFVの債券発行済み残高は12.6兆元と、中国の人民元建て社債の52%を占め、その割合は2016年の35%から上昇しています。またLGFVは今やアジアの米ドル建て債券市場で大きな存在感を放っており、投資適格債、ハイ・イールド債および無格付け債(図3を参照)を発行し、2022年3月7日現在の発行済み残高は670億米ドルとなっています。これらを発行したのはLGFVの主要な米ドル建て債の発行体166社であり、アジアの米ドル建て債の約6%、中国の米ドル建て債の13%を占めています12

図3:LGFVの格付け13

  1. 当初、中国の地方政府は自身の名義での債券発行が認められていなかったため、市場から資金を調達するためにLGFVを設立しました。
  2. バークレイズによる調査、2022年5月12日。米国債に対するスプレッド。 
  3.  バークレイズによる調査、2022年5月12日
  4. 他方、ハイ・イールド(HY)LGFVは、2021年1~4月期が3億1,300万米ドルの純償還だったのに対し、2022年1~4月期には4億2,100万米ドルの純償還を記録しています。
  5. LGFVの債務の一部は簿外管理されているものもあります。また、地方政府の暗黙の政府保証が付いていると理解されています。
  6. 地方政府は毎年、歳入予想を開示しています。
  7. 「国務院政府工作報告」によると、2022年の中央政府から地方当局への財政移転は18%増の9.8兆元となる見込みです。この前年比増加率は、過去10年間で最大の水準となっています。
  8. HSBCリサーチ、2021年12月
  9. 31の省・直轄市・自治区の政府は、2022年の土地販売収益として7.7兆元(前年比11%減)の予算を計上しています。土地販売による収益が最も多い省のうち、浙江省の収益は前年比23%減、江蘇省は同19%減、広東省は同横ばいとなる見込みです。
  10. 中国沿岸部の発展した省や、省都は、地方政府がより幅広い歳入源を有しているため、影響は比較的軽微に留まる見通しです。最も影響を受けやすい省は内モンゴル自治区、山西省/陝西省、甘粛省、黒龍江省、吉林省および遼寧省です。
  11. HSBCリサーチ、2022年3月
  12. LGFV financial reports、2021年12月。 HSBCリサーチ、2022年3月
  13. HSBCリサーチ、2022年3月

リスクと手数料については、以下をご覧ください。https://www.manulifeim.com/institutional/jp/ja/jp-risks-and-fees-guide

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