新型コロナウイルスのアジア社債市場への影響

フィオナ・チャン
アジア・クレジット・ヘッド (除く日本)

新型コロナウイルスの流行は、アジア地域の経済と金融市場にマイナスの影響を及ぼしています。本稿では、コロナウイルスのアジア社債市場への現在および将来予想される影響について、アジア・クレジット・ヘッド(除く日本)のフィオナ・チャンが、中国、インドネシアおよびインドの社債市場に焦点を当てて考察します。市場の変動が大きい時期は、独自のクレジット・リサーチが重要となり、厳格な銘柄選択の重要性が高まると考えています。

基本シナリオ:中国の社債市場への影響は限定的かつ短期的、インドネシアとインドの社債市場への影響はさらに軽微 

新型コロナウイルスの流行を巡る状況はまだかなり流動的です。科学者は、病原体の伝染性は高いと想定していますが、ウイルス感染の詳細については未だ不明な点が多い状況です1。当チームの基本シナリオは、当局が流行を抑え込み、状況を安定化させるには3~6カ月を要するという仮定に基づいています。中国の経済と社債市場は、短期的な下落圧力に直面すると予想されるものの、アジア社債市場全体への影響はより限定的と考えられます。

新型コロナウイルスが3~6カ月を超えて世界的に大流行すれば、金融市場と経済はより重大な影響を受ける可能性があります。このシナリオでは、中国およびその他世界各地に重大なマイナスの影響を及ぼし、サービス産業は深刻な損失に見舞われる可能性があります。 

中国:脆弱な企業のデフォルト率上昇を予想

春節(中国の旧正月)の連休中に感染者の顕著な拡大が報告されたため、中国の一部地域では、最長2月末まで当局による封鎖の継続が見込まれます。事実、中国では多くの地方政府が企業に対して2月10日以降まで営業を再開しないように通達しています。また、新型コロナウイルスの流行が最も深刻な湖北省については、2月中は封鎖状態が続くと予想されます。

国内輸送ネットワークの深刻な混乱およびサプライチェーンや生産の休止を考えると、2020年1-3月期の中国経済は前年比ベースで大幅な減速が予想されます。当チームでは、中国のGDP成長率は1-3月期に5%を下回り、4.5%〜5%のレンジとなる可能性が高いと予測しています。

新型コロナウイルスが1-3月期以降の成長に与える影響は、中国がこうした状況をどれだけ迅速に鎮静化できるかによって異なります。しかし、2003年のSARSの経験から判断し、(前述の基本シナリオを前提として)当チームでは2020年後半にはトレンドを上回る成長に回帰すると想定しています(図1参照)。さらに、中国政府が発表した財政政策と、2月初旬の中国人民銀行による1兆元以上の資金供給は、上半期の景気減速を緩和し、新型コロナウイルス流行後の景気回復を促すと考えています2 。 

新型コロナウイルス流行により、企業のデフォルト率はさらに上昇すると予想しています(図2参照)。構造的な景気減速および新型コロナウイルスが流行するなかで、民間企業向け資金供給の縮小を要因として、デフォルト率は2020年に高止まりすると予想されます。また、上述のような資金繰りに窮した民間企業や支払いが遅延している一部の国有企業(SOE)のほか、中国オフショアの米ドル建て債券市場を通じて調達した資金のうち、2020年から2021年に満期を迎える資金が大量に存在すると見られ4 、地方政府の資金調達事業体である「融資平台(Local Government Financing Vehicles:LGFV)」も脆弱なLGFVについてはデフォルト率が上昇すると考えています。 

ただし、中央政府は、デフォルト率の急激な上昇を防ぐため、銀行の預金準備率の引き下げや市場への資金供給オペなどの措置を講じると見ています。これらの動きは、少なくとも短期的には市場の安定を確保し、信頼を回復することに役立ちます。また、サービス・セクター低迷による影響を軽減し景気をテコ入れするため、戦略的重要性の高いSOEやLGFVを下支えする更なる財政政策や資金供給が講じられる可能性が高いと考えています。 

セクター別では、マカオへの旅行者数が急減していることから、マカオのカジノ関連セクターは短期的な下落に見舞われると思われます。一方、春節の時期は例年、不動産売買が低調な時期であり、不動産開発企業については比較的堅調に推移すると考えています。また、繰延需要があるため、新型コロナウイルスの動向が当チームの基本シナリオに沿って展開する場合、不動産開発企業は今年後半には再び勢いを取り戻すと当チームでは予想しています。

また、金融セクターへの影響は相対的に限定されるであろうと考えています。理由は、ホテル、レストランおよび小売セクターなど新型コロナウイルス流行の影響を受けやすい景気循環型企業への融資は限定的であるからです。さらに銀行セクターは、SARSが流行した2003年と比べて自己資本比率が高いため、不良債権の増大に対する備えはあると考えられます。  

景気減速のなかで銘柄選択の重要性が高まる

当チームでは、内需主導型経済のインドネシアやインドなど、中国以外のアジア社債市場への影響は限定的と見ています。

これまでのところ、インドネシアで感染例は報告されていません6。インドネシアのファンダメンタルズは引き続き健全で、インフレ圧力は落ち着いたなかで2020年は堅調な経済成長を達成すると予想しています。通貨面では、インドネシア銀行(中央銀行)は国内の経済状況に応じて追加利下げの余地を残しています。インドネシア・ルピアは、その他のアジア通貨と比べて堅調に推移しており、対米ドルでも年初来上昇しています7

セクター別では、公益企業、電気通信関連企業および国有企業の多くは、堅実なビジネス・モデルを有し、政府による経済の下支えも引き続き期待されます。また、不動産開発企業は、持家に対する安定した需要に加え、グローバル・サプライチェーンの再構築に伴う工場用地の需要増加の恩恵を受けています。

インドへの影響も軽微と見ています。インドでは3件の感染例が報告されており8 、感染拡大を防止するためウイルスの抑え込みが急務となっています。政策面では、先日公表された政府の連邦予算(2020-2021年度)において、財政赤字が概ね予想の範囲内に納まったため、当面は格付機関によるソブリン格付けの見直しはないと考えられます。インドの製造業セクターにおける企業活動は、2020年1月に8年ぶりの高水準をつけ9 、目先の国内景気の力強さを示唆しています。 

インドとインドネシアの社債市場への影響は限定的

新型コロナウイルスの流行が経済へ与える影響は依然として不透明であり、さらなるマイナスの影響が存在する可能性があると見ています。そのような環境下、ポジション量の調整や、市場連動性が高いハイベータ/ハイイールド銘柄の一部もしくは全部売却などを通じた、積極的なリスク量管理の実施が、投資においては重要な局面であると考えています。
今後の展開を注視しつつ、その影響を見極めながら、投資方針を調整していくことが投資家にとっては重要であると考えています。また、私たちは中国におけるデフォルト率は上昇し、高止まりすると予想しています。そのため、厳格な銘柄選択および積極的なリスク管理プロセスが、この短期的な難局を乗り切るためには投資家にとって重要になると考えています。

  1. 出所:「調査によれば、新型コロナウイルスは季節性インフルエンザより伝染しやすく、2002年~2003年のSARSに匹敵する」、ウォール・ストリート・ジャーナル 、2020年2月2日
  2. 「中国人民銀、潤沢な流動性維持へ-新型コロナウイルス感染拡大の中で」、ブルームバーグ、2020年2月2日
  3. 出所:Wind、野村グローバル・エコノミクス、2020年1月29日
  4. ブルームバーグ・インテリジェンスによると、2020年に170億米ドル、2021年に260億米ドルのLGFVの海外債券が満期を迎える予定。 ブルームバーグ、2020年2月5日
  5. 出所:Wind、ブルームバーグ、ゴールドマン・サックス
  6. 2020年2月3日現在
  7. ブルームバーグ、2月5日現在
  8. 2020年2月5日現在
  9. 出所:ブルームバーグ、2020年2月2日
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