グローバル債券:マイナス金利環境下におけるプラスリターンの創出

ジョン・アデオ
チーフ・インベストメント・オフィサー グローバル債券

 

マイナス利回りの債券の出現は債券市場の著しい変化を意味しており、投資家、銀行、政策当局のいずれにも望ましくない影響を及ぼしています。

こ うした前例のない状況が今後数年間で大きく変化する可能性は低いと思われます。債券運用マネージャーは、このような環境においてリターンを創出するためにソリューションを見出す必要があります。

債券運用マネージャーが成功するには、グローバルな拠点網、機動的な投資戦略、これまでの手法にとらわれないアクティブ運用をベースとした幅広い専門性を駆使する必要があります。

マイナス利回り債券時代の到来

投資家が一定期間、まして30 年超の期間においても資金の貸し手が金利を支払うという考えは2009 年まではほとんど理論上の考え方に過ぎませんでした。金融危機の最中、スウェーデン中央銀行は翌日物預金金利を-0.25% に引き下げました。欧州中央銀行(ECB)と日本銀行(日銀)もそれに続き、それぞれ2014 年と2016 年に政策金利をマイナス圏に引き下げ、その概念は金融政策として定着しました。

今日、欧州や日本の国債の大半、世界の投資適格債券の30% 以上は最終利回りがマイナスとなっています。こうした現象が見られるのは短期債だけではありません。2019 年8 月、ドイツは初めてマイナス利回りの30 年物国債を発行しました。発行総額8 億2,400 万ユーロの国債は利息がゼロで、2050 年の満期時には元本が7 億9,500 万ユーロしか償還されません¹。現在は社債にもマイナス利回りで売買されているものがあり、インフレ率を考慮すると、この範囲がさらに拡大することになることは言うまでもありません。直近では2019 年9 月現在、17 兆米ドル以上のグローバル債券がマイナスの名目利回りで取引されています。これを実質利回りベースで見てみるとマイナス利回りの債券は約36 兆米ドルまで膨れ上がり、範囲も欧州と日本以外にまで広がります。実際に9 兆米ドル以上の米国債は利回りがインフレ率を下回っています²。つまりマイナス利回り債券の時代が到来していると言えます。

The chart shows select sovereign bond yields across multiple markets and maturities, ranging from 3 months to 30 years. It shows how roughly half of the bonds were trading at negative yields at the end of November 2019..

マイナス利回りの背景

マイナス利回り債券時代到来の要因はいくつも考えられますが、最大の要因は中央銀行の政策です。欧州や日本においては、政策金利のゼロ近辺への引き下げを含む従来の金融政策では景気を刺激する効果がないことが証明されています。現在、両中央銀行は準備金を積み増す銀行に対して実質的にペナルティを課すことで貸出を強制的に促し、経済を活性化させようとしています。これに伴う通貨下落は、輸出が経済成長に不可欠であるこれらの国々にとって、副次的な景気刺激策となっています。

政策金利の他、中央銀行が継続的に実施している量的金融緩和も長期債の価格の上昇、利回りの低下につながっています。ECB と日銀による国債買い入れは圧倒的な規模で実施されているため、民間部門による国債保有割合は減少し、例えばドイツや日本ではそれぞれ31% と57% になっています³。

こうした問題をさらに悪化させているのが投資家の利回り追求ニーズです。利回りに飢えた投資家は、利回りがある債券に殺到し、債券価格をつり上げています。こうした投資家群には機関投資家も含まれますが、一定の割合を国債に配分するパッシブ運用戦略からの需要もあります。2019 年11 月末現在、ブルームバーグ・バークレイズ・グローバル総合債券指数の構成銘柄のうち、実に22% がマイナス利回りとなっています。これは同指数を構成する国債の31% がマイナス利回りとなったことに起因します。バンク・オブ・アメリカ・メリルリンチ・グローバル国債指数では、この数値が40% 近くになっています⁴。

国債の安全な逃避先としての位置付けも要因の1 つです。国債は安全資産と見なされていることから、経済の先行きに不安を抱く投資家はリスク回避の見返りにマイナス利回りを許容している、あるいは将来、マイナス幅がさらに拡大した場合にプラスのリターンを獲得できると見込んでいます。後者の戦略はモメンタム投資家の間でさらに広がると思われます。

マイナス利回りの影響

ニュー・ノーマル(新たな常態)となったマイナス金利を含む超低金利環境の影響は資本市場や実体経済全体に広がっています。2019 年上半期には約2,500 億米ドルの資金が米国に流入し、米国債の利回りをさらに低下させると同時に、不動産株や公益株など、債券代替資産のバリュエーションを上昇させています。特に日本からの資金流入が大きく、2019 年の債券と株式の購入額は年換算ベースで約3,000 億米ドルとなっています⁵。投資家はプラス利回りの債券に投資する結果として、デュレーション・リスクを高めています。

投資家はより高い利回りを得るため、一般的に低格付けの債券に投資する必要があることから、信用リスクも増加する傾向があります。ただし、投資家に景気サイクル後期の高揚感は一切なく、信用リスクについて、これまで以上に慎重になっています。長期にわたる低成長によって投資家の信頼感が高まることはなく、投資家は足元のリターンが持続的であるか懐疑的になっている模様です。そのため、クオリティを重視した投資判断がなされることにより、低格付けになればなるほどリターンが高くなるという状態にまではなっていません。

低金利環境は社債発行の急増の引き金ともなっています。現在、米国の社債発行残高は15 兆米ドルを超え、前回のピーク時(2008 年)の2 倍以上となり、GDPの75% に近づいています⁶。経済成長が続き、金利が低水準にとどまっている限り、高水準の社債発行は必ずしも問題とはなりませんが、景気が急激に減速した場合、想定外の危機の発生確率は著しく高まります。昨今の利回り追求の動きの結果、多くの債券でスプレッドは大幅に縮小し、投資家はリスクに見合った適正なリターンを得ていない場合もあると思われます。さらに、貿易摩擦、ブレグジット、2020 年の米国大統領選挙をめぐる不透明感も重なり、社債のボラティリティが急上昇する可能性もあります。

急激な景気後退は想定していませんが、そうなった場合には極めて深刻な状況に陥ると思われます。景気後退によって多くの社債が投機的格付けに格下げされるような状況になると、機関投資家は売却を余儀なくされ、米国からの資金流出を誘発する可能性があります。中央銀行のバランスシートは過去最高水準に膨張しており、金利は低水準からマイナス圏にあることから、中央銀行にはもはやかつてのような手段がありません。通常、流動性は逼迫するまでは問題とはなりません。

The chart shows the growth in central bank balance sheets for the Bank of Japan, the ECB, and the US Federal Reserve. Beginning after the financial crisis, these balance sheets represent quantitative easing measures that have continued until the present time.

当面続くマイナス金利

景気後退が生じなければ、マイナス金利が現在の水準から大幅に低下することはないと考える理由がいくつかあります。まず、マイナス金利は政策当局が期待するほどの効果がありません。マイナス金利政策を導入して5 年が経過しましたが、欧州と日本では今なお想定したような経済成長の兆しが見られません。大半の欧州諸国で失業率は高止まりしており、設備投資も大きくは改善しておらず、GDP 成長率も低迷しています。日本でもあらゆる景気刺激策が講じられているにもかかわらず、実際にはインフレ率は低迷したままで、両地域とも2% のインフレ目標を下回っています。

マイナス金利政策は、実体経済に様々な望ましくない副作用をもたらしており、それは政策当局も痛感しています。現在の低金利環境は預金者、年金生活者をはじめ、預金ベースの収入に依存している人に不利益を強いる一方で、株式や不動産に投資する人には利益をもたらしています。政策当局は資産バブルの発生を懸念するとともに、預金者と投資家との収入格差が拡大することを危惧しています。

マイナス金利によって、銀行の利ざやも縮小しています。これは、銀行が過剰な準備金に対するペナルティを支払いながら、マイナス金利を預金者に転嫁することができないためです。その結果、欧州の銀行では2018 年1 月以降、時価総額が3 分の1 以上減少しています⁷。銀行がマイナス金利によるペナルティを回避するため、現金を金庫に保管するよう要請していると報告する中央銀行もあります。マイナス金利の深堀りは問題を悪化させるだけです。マイナス金利は、企業が低コストの資金調達で安定的な設備投資ができると錯覚したり、収益性の低い企業が資本コストが安価という理由だけで事業を継続できるという、ある種のモラル・ハザードを生み出すこともあります。

The chart shows the real GDP growth (year over year) of advanced economies against the total value of negative-yielding debt in the Bloomberg Barclays Global Aggregate Bond Index. It shows that despite the growth in value of negative-yielding bonds, global economic growth has drifted lower over time.

マイナス金利政策には様々な弊害がありますが、投資家はマイナス金利を含む超低金利環境が当面続くことを想定しておかなければなりません。多くの先進国では、多額の債務負担、グローバル化、高齢化、IT 化などが物価の下押し圧力となり、インフレ率が政策目標を下回ったままです。高齢化だけを見ても、世帯形成数が減少する一方で債券の需要が増大するといったインフレと利回りに対する構造変化要因となっています。

The chart shows the inflation rates of several developed economies in Europe, North America, and Asia. In each case, the current inflation rate is below the stated central bank objective of 2% inflation.

政策当局がマイナス金利政策を転換したいという意向があったとしても、それを実行することは困難と考えられます。中央銀行がマイナス金利の終了に踏み切れない主な理由は、景気をさらに冷え込ませる可能性があるからです。実際には中央銀行は景気を刺激できる状況にはありません。多くの中央銀行が伝統的な手段を講じたいと考えていますが、残されているのは非伝統的手段だけであり、それを用いることは中央銀行が非伝統的手段に伴う副作用を受け入れることを意味します。長期的に見ると、中央銀行はそれらのバランスを図ろうとすると思われます。

債券運用マネージャーにはより多くの手段が必要

安全資産がマイナス金利を含む超低金利状態にある中、債券運用マネージャーには創意工夫が求められます。インカムを創出するためには、グローバルな調査体制および伝統的な手法にとらわれないアクティブ運用をベースとした深い専門性が必要と考えます。しかし、単にリスクを増やすのではなく、債券運用の成功の基準は、ポートフォリオのリスク特性を大幅に変更させることなく、いかにインカムを創出できるかであると思われます。

現在の市場環境において確実な運用方法はありません。以下ではマニュライフ・インベストメント・マネジメントが重視しているいくつかのポイントについて説明いたします。

  • グローバルな調査体制:私たちは北米、ロンドンおよびアジア10 カ国・地域に運用チームを配備しています。このことは、チームが現地の動向にタイムリーに接することができるということであり、弊社はそうした知見を全社的に活用するよう努めています。現地に拠点があることのメリットは、証券に関する情報がタイムリーに得られるだけではなく、経験上、現地情報に直接触れられるチームは大局的に考察する機会に恵まれ、それがより的確な意思決定とより効果的なリスク管理につながっていることです。
  • 柔軟な対応力:現在の市場環境で投資成果を出すためには、ポートフォリオ・マネージャーは柔軟に投資機会を追求する必要があります。私たちは、マクロの視点とファンダメンタルズに基づく銘柄選択とを組み合わせてポートフォリオを構築しますが、その際にいくつかの最適な組み合わせ方法について検討します。例えば、ポートフォリオ・マネージャーがファンダメンタルズの観点から社債のスプレッドが縮小する見通しを立てた場合、長期債を使ってその銘柄のデュレーションを長期化することを考えます。また、優先証券がより多くのインカムを創出する場合もあれば、ポートフォリオ全体の金利感応度を管理するために変動金利のバンクローンを選択する場合もあります。更には、株式へのエクスポージャーがファンダメンタルズの視点を反映させる最も効果的な方法であると判断することもあります。結局のところバリュエーションとリスク許容度が重要になります。
  • ハイ・イールド債券:ハイ・イールド債券は株式と比べて低リスクの株式代替資産であると考えます。この25 年間にハイ・イールド債券はS&P 500 種株価指数のリターンの76% を創出しながら、ボラティリティは同指数の53% にとどまっています⁸。世界のハイ・イールド債券に投資する際は、ファンダメンタルズ・リサーチが不可欠です。信用リスクは、同一の格付においても、地域によって大きく異なるのが実情です。統計的に見ると、中南米のB 格債のデフォルト率は、米国のB 格債を大幅に上回っています。
  • 新興国債券:私たちのグローバルな拠点網がこの魅力的な資産クラスに投資する上で役立っています。500社以上の発行体を調査しているアジアでは多くの国が高い格付を付与されたり、格付が引き上げられています。一方で、グローバルEM 指数に占めるアジア債券の割合はアジアの株式と比較すると概して低すぎます。そのため、新興国債券についてもファンダメンタルズ・リサーチとアクティブ運用が優位性をもたらす手法です。私たちのアプローチでは、現地通貨のポジションと米ドル建て債券を状況に応じて機動的に組み合わせることで、より大きなアルファを追求する機会をとらえます。
  • 優先証券:優先証券はハイ・イールド債券並みのインカムを提供しますが、ハイ・イールド債券より魅力的な特性も有し、配当は優先的に扱われます。債券であるため、歴史的に優先証券は金融緩和局面か、金融政策が一時休止状態にある局面で好調なパフォーマンスを示してきました。発行体が金融、通信および公益事業セクターに集中しているという点でも、発行体がおおむね他のセクターであるハイ・イールド債券を補完する手段とすることができます。
  • オプションの活用:私たちは高いインカムを創出するため、株式のカバード・コールや現金確保プット売りの組み合わせも活用します。リスクを排除することはできませんが、オプションの売りで得たプレミアムはリターンの低下を緩和するクッションの役割を果たします。この戦略は実質的にショート・オプションを利用して株価上昇をダウンサイド・リスクの低減に転換することにより、株式のエクスポージャーをハイ・イールド債券に極めて類似したリスク特性に変換します。こうしたハイ・イールド債券のようなエクスポージャーは一般的に同様のインカムを確保しながら、従来のハイ・イールド債券保有と組み合わせることで分散効果をもたらします。カバード・コールと現金確保プット売りを組み合わせることで、いずれか一方の戦略を単独で用いる場合よりも長期的にインカムを安定させることができます。
  • 通貨の活用:通貨のアクティブ運用もリターンを高め、リスクを管理するもう1 つの方法です。私たちはよく、為替取引を行うことによってマイナス利回りをプラス利回りに転換させています。通貨は金融市場において比類のない流動性の源泉でもあり、為替市場には24 時間アクセスが可能です。

投資機会の発掘能力

マイナス利回りは債券投資家やグローバル経済にとって著しく困難な課題です。私たちは、基本的に当面は深刻な景気後退局面に入ることは想定していませんが、世界的な超低金利環境は少なくとも今後3 年から5 年は続き、高利回り、高インカムを創出する資産クラスに買いが集中する状況は変わらないと考えます。しかし、私の30 年以上に及ぶ投資経験では、世界にはファンダメンタルズが改善しインカムを創出できる投資機会が無数に存在してきました。今後の10 年間で債券運用マネージャーが成功するためには、インカムを創出する投資機会を発掘するための深い専門性と幅広い能力を備える必要があります。

1. ウォール・ストリート・ジャーナル、2019年8月 2. ブルームバーグ、2019年9月 3. Global Markets Daily: Negative-Yielding Debt-Flows and Spillovers、ゴールドマン・サックス、2019年8月 4. ブルームバーグ、2019年11月 5. Exante Data、2019年 6. 米連邦準備銀行(FRB)、2019年7月 7. ブルームバーグ、2019年8月31日現在 8. JPモルガン、2019年9月現在

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