中国社債の実態: 中国の変化する規制環境に関する考察

フィオナ・チャン
グローバル・エマージング債券 リサーチ・ヘッド

中国の金融市場は昨今、不動産、インターネット、教育などいくつかの主要セクターにおける規制変更を受けて、ボラティリティが高まっています。本稿では、グローバル・エマージング債券リサーチ・ヘッドであるフィオナ・チャンが、これらの規制変更の背景を詳しく解説し、投資家が今後認識すべき重要な問題を考察します。また、フィオナ・チャン率いるリサーチ・チームは、中国のオンショア市場とオフショア市場の双方に関する知見を踏まえ、中国政府による規制変更の実施は中国の長期にわたる社会・経済発展に資すると考えています。

総じて、不動産、インターネット、教育などのセクターに対する監視の強化は、人民の懸念に対応する中国政府の取り組みの一貫であると見ています。市場が最近大きく変動した中で、一部のセクターでは、その影響を受けたものの、信用スプレッドはそれほど大幅に拡大しませんでした1。これらの規制変更は、中国の2021年下期のGDPに重大な影響を及ぼすことはなく、中国の長期にわたる社会・経済発展に資すると考えています。

まず、最近の規制変更に目を向けると、当局が最近発表した内容は、多くの市場観測筋の予想を超えるものでしたが、全くの想定外ではありませんでした。規制環境は更に変化する可能性があるため、投資家は今後の動向を注視すべきであると考えます。

規制政策変更の背景

一方、投資家はこれらの注目すべき規制変更の背景にある政策上の理由を理解する必要もあると考えます。中国政府は2017年以来、経済に関する最優先事項を量的な経済成長を推進することから、より目に見える質の向上を促進することにシフトしてきました。すなわち、単にGDPの目覚ましい成長を追い求めるのではなく、経済発展の結果として、人民の日常生活により大きな利益をもたらさなければなりません。この枠組みを基盤として、最近の規制変更の重要な目標は、教育関連費用の削減により、人口の減少を食い止め、世帯形成を推進することにあります。中国政府はかつて、以下の分野において社会に悪影響を及ぼす可能性に関して懸念を表明しています。

学校外での学習活動(学習塾等):
2020年の人口統計は、急速に進む高齢化のリスクおよび養育費が高過ぎて子供を産むことができないという実態を浮き彫りにしました。教育費、特に学習塾等の学校外での学習にかかる費用は、多くの家庭が子供を産む際に考慮する重要な要素です。最近公表された「二重削減」教育政策(Double  Reduction education policy)2に関する法整備は2018年に開始されました。法的枠組みの整備は約3カ月前に完了し、7月後半に公表されました。

フードデリバリー配達員:
2020年9月以降、フードデリバリー配達員の安全性リスクに関する記事がインターネットで拡散され、社会的な議論に発展しました3。ほぼ1年後の7月26日、国家市場監督管理総局(SAMR)4とその他6部局は、フードデリバリー配達員の権利と利益を保護する詳細なガイドラインを共同で発行しました。

インターネット:
中国の規制当局は、昨年IPOを差し止めて以来、インターネット企業に対する監視を強化してきました。ここ最近の間に、中国のインターネット・セクターに対する規制は、大幅に強化されました5。銀行業、反トラスト規制(2008年に法律施行)、データセキュリティ、社会的平等に関連する分野が監視の対象となります。中国のインターネット・セクターに対する監督強化は続くと予想されますが、関連企業が規制を遵守し、政府に協力するならば、過剰な規制は制御できると思われます。また、変動持分事業体(VIE)6の構造に関連するリスクは、幅広い構造的なリスクではなく、個別のリスクと思われます。

不動産投機:
2016年以降、政府高官は、数多くの会合において「住宅は居住のためにあり、投機のためではない」と繰り返し表明してきました。それ以降、不動産投機の抑制を目的とする政策(昨年の新型コロナウイルスの感染拡大に応じた政策を除く)が導入されてきました。「3つのレッドライン」と呼ばれる規制やその他の制限措置は、実物市場と不動産開発業者の両サイドで過剰なレバレッジを取ることによる投機の抑制を図ります7

長期にわたる社会・経済発展を推進する政策

新規制は短期的に、中国の今年下期の経済成長動向に重大な影響を及ぼすものではないと見ています。より長期的には、中国および以下の主要セクターの社会的・経済的発展にポジティブな影響を及ぼす可能性があるでしょう。

教育:
学習塾等の学校外での学習に関連するセクターへの規制強化は厳しいものの、同セクターが経済全体に占める割合は相対的に小さく、中国の2019年のGDPの約0.7%に過ぎません8。中国政府は、移行期間において段階的なアプローチを採ると見ています。同セクターは多くの高学歴の講師を雇用しており、その多くが最近の大学卒業生です。また、学校外での教育にかかる費用は前払いが一般的であるため、赤字が広がる可能性がありますしかし、長期的には、同セクターにおける規制変更は、中間層にとって高い教育費と養育費の軽減および購買力の解放に加え、学校以外の学習塾等は引き続き認められることから、多様な教育環境の醸成に役立つ可能性があると見ています。

インターネット:
インターネット・セクターに対する新規制は、主に従業員の利益の改善、サイバーセキュリティ、そして独占的権力の抑制に取り組むものであるため、マクロ経済への影響は限定的と思われます。従業員および消費者の保護を強化することは、同セクターに関連する社会的リスクを低下させる可能性があります。また、インターネット・プラットフォーム運営企業の寡占を抑制することは、市場競争を醸成し、経済革新を促進すると思われます。

クレジットの観点から見ると、中国のインターネット企業は、今や市場における支配的な立場の活用や、産業セクター全般にわたる成長に対する逆風に直面していることから、中長期的な成長と収益性に関して構造的な課題を抱えるでしょう。継続するヘッドライン・リスクを考慮すると、中国インターネット・セクターにおける債券のパフォーマンスは、ボラティリティが高まると予想されます。

不動産:
不動産投機は、金融システムによって抑制・管理することが可能であり、不動産セクターは長期的には発展する可能性が高いと思われます。中国の銀行システムにおいて、住宅ローンに関連するローン・トゥー・バリュー(LTV)レシオの平均は、約50%であり、シャドー・バンキングやP2Pレンディング(銀行等の金融機関を介さず、インターネット経由で貸手が借手に融資を行う仕組み)からの過剰な借り入れは、過去数年間で削減されてきました。加えて、中国人民銀行(中央銀行)は、銀行システムが調整局面を将来的に乗り越えることができるように、2020年下期に銀行に対する不動産関連のストレス・テストを実施しました。

マニュライフ・インベストメント・マネジメントの中国債券市場レポート(8月11日発行)では、豊富な土地を保有し、オンショア市場とオフショア市場の双方で多様な資金調達手段を有する開発業者は優位な立場にある、と分析しています。

まとめ

金融市場におけるボラティリティの高まりは、常に投資家を不安にさせます。しかし、規制変更について言えば、投資家は規制変更の背景と根拠を理解することが大切であると考えます。より重要な点は、これらの政策が中国の社会・経済環境を強化し、長期的に魅力のあるリスク調整後リターンを追求する投資家をサポートするものである、と私たちは考えています。

  1. 2021年7月30日時点、マニュライフ・インベストメント・マネジメント。中国のインターネット関連社債は相対的に安定した動きを示しました。7月30日までの過去1週間で、高ベータの中国投資適格社債のスプレッドが約50-60ベーシス・ポイント(bps)拡大した一方、投資適格級の中国のインターネット社債のスプレッドは約15-20 bpsの拡大に留まりました。
  2. 2021年7月24日、 義務教育を受けている生徒の過剰な宿題と学習塾等の学校外での学習活動の負担を軽減するための一連のガイドラインは、中国共産党中央委員会事務局と国務院事務局が共同で発行しました。
  3. 中国の労働保障に関する雑誌「Laodong Baozhang Shijie」に掲載された調査報告は、デリバリー配達員の84%が1日10時間以上働いていることを示しています。例えば、北京のデリバリー配達員は、毎日平均して最大11.4時間も働いています。これは過労リスクを高めています。
  4. 2021年7月26日、国家市場監督管理総局(SAMR)とその他6部局は、強制傷害保険、柔軟な雇用形態、最低賃金の確保など、フードデリバリー配達員の権利と利益を保護する詳細なガイドラインを共同で発行しました。
  5. その他のインターネット関連規制として、以下が挙げられます。1) 2021年9月に施行されるデータセキュリティ法は、大量の個人情報を保有する企業に対する規制監督を強化するもので、重要情報インフラ(Critical Information Infrastructure)に関連する業務が対象となります。2) 中国サイバースペース管理局(CAC)は、米国で少数の関連企業がIPOを行った直後の7月初めに、特定のタクシー配車プラットフォーム運営企業に対するサイバーセキュリティ調査を行うと発表しました。重要情報インフラのセキュリティの確保と国家安全保障を目指す「サイバーセキュリティ審査規則」は、既に2020年6月に施行されています。
  6. 外国人株主に中国企業から経済的利益の流出を認めるものの、企業支配権を制限する持株会社。
  7. 中国人民銀行と住宅都市農村建設部は2020年に、不動産会社に対する新たな資金調達規制法案を起草したと発表しました。借り換えを希望する開発企業は3つの閾値、すなわち資産に対する負債の比率は70%を上限とすること(契約に基づいて売却したプロジェクトの前受金を除く)、資本に対する正味負債は100%を上限とすること、短期負債に対する現金の比率を1倍以上とすることという基準に基づいて評価されます。
  8. 出所:ブルームバーグ、2021年7月27日
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