アジア債券:米国大統領選挙結果が及ぼしうる影響

アンドレ・ペダーセン
 アジア債券部門(除く日本)CIO

マレー・コリス
 アジア債券部門(除く日本)副CIO

2020年11月、米国の有権者は、同国の次の指導者になるべき人物を決定しました。次期大統領に選出されたジョー・バイデン氏は勝利を宣言した一方、本稿執筆時点で、トランプ現大統領はまだ正式に敗北を認めていません1。本稿では、アジア債券部門(除く日本)CIOのアンドレ・ペダーセンと、同副CIOのマレー・コリスが、米大統領選挙がアジア債券に及ぼしうる影響を分析し、潜在的に有利なマクロ環境を追い風に、同資産クラスのファンダメンタルズが一段と力強さを増す可能性を検証します。

全体として、現在の基本シナリオ、つまりバイデン氏の大統領就任と米国議会の勢力均衡というシナリオに基づき、米大統領選挙の結果はアジア債券にとってプラスだと考えています。

不透明感の後退と政策の一貫性が最大の利点と考えられる

数ヶ月に及ぶノンストップの選挙活動と接戦となった投票が終わり、不透明感が後退したことは、市場にとって最大の利点の1つです。事実、投票が行われた11月上旬まで、市場では高いボラティリティと不透明感が続いていたものの、選挙結果を受けてリスク資産は上昇しました。この上昇基調は当面続くと見られ、特にアジア債券を含むエマージング市場資産にプラスに寄与すると思われます。

バイデン氏が大統領に就任した場合、アジアに関しては、政策の一貫性が高まることが予想されます。過去4年間で米中関係は経済面を中心に次第に悪化し、貿易紛争が長引く中、予想外の政策変更によって市場のボラティリティが上昇する場面が何度もありました。米中の二国間関係が近いうちに大きく改善するとは予想されないものの、米国政府がこれまでより安定した、一貫性のある外交政策や経済政策を打ち出す可能性はあります。その場合、急激な政策転換と先行き不透明感に悩まされてきたアジア債券市場にとっては追い風となるでしょう。

世界的な金融緩和政策と米ドル安は、このようなアジア債券のマクロ環境の改善を後押しすると見られます。世界各国の中央銀行は、新型コロナウイルスのパンデミックによる景気への下押し圧力を和らげるため、利下げを行いました。先進国市場は当面、緩和的な金融政策を継続すると見られ、特に米国では先日、米連邦準備制度理事会(FRB)がインフレ目標の枠組みの見直しを行った結果、政策金利は今後2~3年間にわたりゼロ近辺に据え置かれる見通しです2

FRBの金融緩和政策に合わせて、米国はより積極的な財政政策を打ち出す可能性が高いと思われます。財政刺激策の最終的な規模と質は次期大統領と米国議会の関係次第ですが、さらなる連邦政府支出(と連邦政府赤字)と、低金利は米ドルに対する下押し圧力となるでしょう。この動きは、中国人民元や韓国ウォンなど、一部のアジア通貨の上昇に寄与すると思われます。

米大統領選挙後もアジア債券の健全なファンダメンタルズに変わりはない

米大統領選挙後も、経済成長の多様性、社債の底堅さ、相対的に魅力的な名目利回りと実質利回りというアジア債券のファンダメンタルズに変わりはありません。

新型コロナウイルスの感染拡大によって、世界の経済見通しは悪化し、金融市場は混乱に陥りました。アジア地域も例外ではなく、2020年第2四半期(4~6月期)には、ロックダウンと欧米市場の消費低迷により、マイナス成長を記録しました。それでもなお、各国の独自性と経済成長モデルの多様性を背景に、アジア地域の経済見通しは世界でも有数の明るさを保っていると考えられます。

国際通貨基金(IMF)の最新の見通しによれば、アジアのGDPはアジア通貨危機時(1997年~1998年)をも上回る近年最悪のマイナス成長に陥るものの、マイナス幅は全主要地域の中で最も小さく、2021年には世界で最も大幅な景気回復を遂げる見込みです3

社債は(これまでのところ)底堅く推移

こうした景気動向とアジア地域特有の信用構造が相まって、アジア社債は比較的底堅く推移しています。

グローバル市場が急激なボラティリティに見舞われた2020年第1四半期には、アジア投資適格社債の下落率が0.50%にとどまった一方、米国およびエマージング市場の投資適格社債はそれを上回る4.1%と8.6%の下落を記録しました4

パフォーマンスにこれほど差が開いた原因の1つとして、アジア社債市場特有の構造が考えられます。アジア社債市場では、政府による支援や銀行融資を含め、より多くの資金調達の手段にアクセス可能な国有企業や準政府機関が大きな割合(約40%)を占めています。

世界的なトレンドと同様に、アジア地域においても信用状況の悪化が予想されます。そのため、他の地域ほどではないにせよ、アジアでも今後2年間は格下げやデフォルトが徐々に増加すると思われます5。アジアにも「フォーリン‧エンジェル」(投資適格から投機的格付けへの格下げ)リスクはあるものの、他のグローバル市場よりは低いと見ています6

先進国と比べ、高いアジアの債券利回り

最後に、現在アジア債券は先進国市場と比べて魅力的な名目利回りと実質利回りを提供することが可能だと考えられます。現在、米国債と欧州国債の名目利回りは1%を下回っており、実質利回りがマイナスの銘柄も出てきています7。対照的に、中国、マレーシア、インドネシアなどのアジアの国債利回りは比較的高水準で推移しており、なおかつインフレリスクは限定的と考えられます(図1を参照)8

米ドル建てアジア投資適格社債と米国および欧州の投資適格社債を比較しても、アジアの利回りが相対的に高いことが分かります(図2を参照)。

これを別の角度から見ると、実質金利の相対的な高さは、金融緩和の余地があることを表しています。アジアのインフレが抑制されているため、アジア債券の中には追加金融緩和の恩恵を受け、債券価格が上昇する銘柄もあると考えられます。

まとめ

米大統領選挙に関する基本シナリオが実現した場合、アジアにとってプラスに寄与することが予想されます。選挙結果が確定し、米国政府が打ち出す政策の一貫性が高まれば、投資家は債券市場のファンダメンタルズに焦点を当てるようになり、市場でのアジアの経済成長力や相対的に高い債券利回りへの注目がより高まると考えられます。

  1. 2020年11月7日、AP通信がバイデン候補の地元ペンシルベニア州での勝利を伝えました。この勝利により、バイデン候補は同州の選挙人20人を獲得し、当選に必要な270人の節目を上回りました。ブルームバーグ:“Biden declares victory, calls on Americans to mend divisions” 2020年11月8日。ザ・ガーディアン:“Donald Trump refuses to concede defeat as recriminations begin” 2020年11月7日。本稿執筆時点は11月16日。
  2. WSJ、“Fed signals low rates likely to last several years” 2020年9月16日。
  3. IMFの2020年世界経済見通し(10月版):2020年の「アジアの新興市場国と発展途上国」は-1.7%のマイナス成長となるものの、マイナス幅は世界全地域の中で最小にとどまる見込みです。「低所得途上国」のマイナス成長率は-1.2%と小幅ですが、このカテゴリーは特定地域ではなく世界の様々な市場をまとめたものです。2021年の「アジアの新興市場国と発展途上国」は、全地域の中で最も高い8.0%のプラス成長となる見込みです。
  4. アジアIG社債のパフォーマンスにはJPモルガン‧アジア‧クレジット‧インデックス(JACICTR)を、EM債券のパフォーマンスにはJPモルガン・コーポレート・エマージング・マーケット・ボンド・インデックス(JCMBCOMP)を、米国IG社債のパフォーマンスにはICE BofA米国コーポレート・インデックスを使用しています。
  5. ムーディーズの基本シナリオでは、2020年のアジア太平洋(APAC)地域における非金融ハイ・イールド社債の12ヶ月移動平均デフォルト率を、2019年の1.1%を上回る6.0%と予想しています。
  6. スタンダード‧アンド‧プアーズ、2020年6月30日現在。これまでのところ、2020年上期のAPAC地域のフォーリン‧エンジェルは1銘柄のみです。
  7. 2020年11月13日現在、米国10年国債の利回りは0.90%となっています。
  8. 2020年11月13日現在、インドネシア10年国債の利回りは6.30%となっています。
  9. ブルームバーグ、2020年11月13日現在。
  10. ブルームバーグ、2020年11月13日現在。

 

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